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2009年04月27日

ベルカ、吠えないのか? 古川 日出男

こういう世界を書ける作家が、同世代にいてくれてうれしいです。いまの僕たちのまわりにある小説は、ほとんどが、とても小さい=Bこじんまりした人間関係の、ささやかな日々の中にある、ちょっとした心の機微みたいなものに、「みんなそうだよねぇ」「わかるわかるその気持ち」と共感を覚えるたぐいのものばかり。つまり「キミとボク」の話。せいぜいその延長線上で、なかなか「私と社会」まですらいかない。そういう意味でも、この作品はケタはずれ。序文からぶっ飛ばしてる。
「ボリス・エリツェンに捧げる。おれはあんたの秘密を知っている。」
いやはや大きい。そうとうデカイ。いまの日本の作家のうち(矢作俊彦をのぞく)、誰がエリツィンに捧ぐ物語を書こうと思う? そして書ける?

物語の主役は犬です。始まりは1943年に日本軍が北洋・アリューシャン列島は鳴神(キスカ)島に置き去りにした4頭の軍用犬。そのうち米軍に保護された3頭が、その後、数奇な運命をたどりながらいかなる血統を紡いでいくかを年代を追いながら描いていきます。そこに、第二次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、スプートニック打ち上げ、米ソ(中ソ)冷戦、アフガン戦争、ソ連解体にいたる現代世界史が重ねあわされ、さらに、国中がペレストロイカに揺れるなか地図に載らない<死の町>で多数のイヌを訓練して恐るべき企てを謀る老人と、彼に軟禁されているヤクザの娘のエピソードが編みこまれていきます。奇想天外な発想。超絶技巧な構成。圧倒的なスケール。
巻末には参考文献の類は何も載っていません。つまりは、すべて、著者がこの小説のために創りあげた壮大な<20世紀世界軍用犬史>。ドえらい才能は、こう前書きしてあります。

これはフィクションだってあななたちは言うだろう。
おれもそれを認めるだろう。でも、あなたたち、
この世にフィクション以外のなにがあると思ってるんだ?
(6ページ)

文体がまた、カッコいい。ロックです。短くて力強いセンテンスがさながら硬い拳。腹に、胸に、打ち付けられるように響きます。(表紙のイヌもエアロスミスのスティーヴン・タイラーを想起させる)

十一月だ。一九五七年の、十一月だ。
馬がいなないている。蛙が鳴いている。鶏が朝方わめいている。屋敷の中庭に置かれた池では十数羽のアヒルが泳いでいる。霧が果樹園じゅうに広がる時間帯があって、お前はそれを、美シイ、と思う。厳寒の地方のイヌの血が濃い子供たちが、霧ガアル時間ハ、イイ、イイ、トッテモ涼シイ、と喜ぶ。
美しい果樹園の十一月だ。
(111ページ)

本好きの知人によれば、著者の一つ前の書き下ろし『アラビアの夜の種族』もまたスゴイ、もっとスゴイ、とのこと。読まねば。
この小説はそのケタはずれさゆえ、おそらく、映画化・ドラマ化は不可能です。そういう世界では間尺が収まりきらない。『AKIRA』みたいなアニメならありうるかも?


ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)

ラベル:古川 日出男
posted by クロルデン at 14:13 | TrackBack(0) | 古川日出男 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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