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2009年11月14日

若い読者のための短編小説案内 村上 春樹

若い読者のための短編小説案内


普段は小説を書く立場である著者が読む立場になり、小説を読み解いていく。
『村上春樹』の小説ではみれない彼の一面、小説に対する彼の考え方、ディセンシー、そういったものが心地よく伝わってくる本だと僕は思います。
デビュー作を書こうと思った理由そこで用いた方法なども書かれていて、ファンにとっては非常に興味深い一冊です。
もちろん紹介されている作家の小説にも興味をそそられます。よし今度、この作家の本を読んでみるかという気になる。
僕が最も心引かれたのは、安岡章太郎の「ガラスの靴」の解説です。

吉行淳之介、小島信夫、安岡章太郎、庄野潤三、丸谷才一、長谷川四郎の短編小説を解説。

・「僕」は現実を離れた恋人に惹かれ、彼女を追いかけている。追いかけないわけにはいかない。しかし、僕が彼女に追いついてしまえば、僕は彼女を現実化してしまうことになる。現実化された彼女は、僕の求めるべき彼女ではない。しかし、僕がひとたび彼女に追いかけるのをやめたら、今度は現実が単純に僕に追いついてしまう。

・女としてコケティッシュに阿(おもね)り、妻のように従い、母のように支配し、赦し、受け入れる。

女性に対してのまなざしが鋭い。男は、女を支配したと思いがちだけど、本当は女に支配されてるのかもよ?

若い読者のための短編小説案内 (文春文庫)

ラベル:村上 春樹
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2009年11月06日

海辺のカフカ〈下〉村上 春樹

海辺のカフカ

自分も15歳くらいの時、家出したかったり、「誰の手も届かないところに。時の流れのないところに」行ってしまいたかった。そして、「少しでも早く歳をとりたい」と思っていた。それからずっと長い間、「ものごとが損なわれつづけ、心が移ろいつづけ、時が休みなく流れていく世界で」生きている感覚が続いていた気がする。その感覚は今でも失われることはない。

僕自身は、実は、村上春樹という小説家に関しては、特に人に勧める気にはあまりならない作家の一人。なんていうか、わかる人にはわかるという感じが結構強いと思う。だから、わからない人にはわからないと思うから。別にいいんじゃないのーって感じ。でも、それぞれの文章があまりにも自分にとって色々な意味を持ちすぎていて、うまくまとめることが絶対出来ない作家である。
ただ、この作品は、この本の中の「中田さん」というキャラが個人的には大ハマりに最高で、その中田さんストーリーがコメディーありシリアスありの、大冒険モノでもあるので、わりと誰でも楽しめるかもしれないって思った。あんまり深く考えて読むより、娯楽モノのノリで充分楽しめる。

それにしても、「見たことも聞いたこともないような超弩級の芸術的なフェラチオ」って、感動的な表現だった。今までのどんなエッチの表現にも勝るものを感じてしまったのは僕だけでしょうか?ぶっちゃけ、笑えた。でも、そんなフェラチオ、ほんとにあったらすごくないですか?


海辺のカフカ (下) (新潮文庫)


ラベル:村上 春樹
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2009年11月05日

海辺のカフカ (上) 村上 春樹

海辺のカフカ

最初、いつものごとく挫折しそうになったけど、
これはファンタジーだったり観念的なお伽話なんだ、
って割り切って読もうとすると、なんだかすいすい読めた。
そういうことか。

同じようなフレーズや考え方が色んなとこに散りばめられてる。
ただ、こんだけ長いと普通は必要ない場面や文章だと感じる部分が
少なからずあるけれど
これは、なんだかどれも必要でなくてはならない言葉の集まりのような気がした。

この、読み終わったあとの、ぽわん、
という気分と
作品への肯定感が、村上マジックなのか。

だって正直わかんないことだらけなのに
この作品は、これでイイ
って思っちゃったんだよねーなぜか。

不思議な人です、村上春樹

「必然性というのは、自立した概念。役割としての機能が集約されたもので、役割として必然でないものは、そこに存在するべきでなく、役割として必然であるものは、そこに存在するべきである」



海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

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2009年11月04日

村上春樹、河合隼雄に会いにいく 河合 隼雄, 村上 春樹

村上春樹、河合隼雄に会いにいく
対談です。

「われわれは苦しむために
結婚するのかもしれない」
という河合隼雄の言説はとても衝撃的で、
衝撃的すぎて、言った河合隼雄自身すら
戸惑っています。

村上春樹もびっくりして
こんなことを言ってます。

「結局のところ、
自分の欠落を埋めることができるのは
自分自身でしかない。
そして欠落を埋めるには
その欠落の場所と大きさを、
自分できっちりと認識するしかない。

結婚生活というのは煎じ詰めていけば、
そのような冷厳な
相互マッピングの作業に
過ぎなかったのではあるまいか、」

これはいかにもメロウな孤独感に
至りそうな言辞ですが...
「いずれにせよ、
考えてみると怖いことですね。」
と結ばれることで、少し気持ちが
ほぐれるような気がします。
次の話題に気持ちを持っていける。
村上春樹さんの文章はほんとうにすばらしい。

真理って、いいますか
「ほんとうのこと」を言ってしまうと
こんな感じになっちゃいますよね...
いずれにせよ。

また、河合隼雄が
「治るということは深く考えると、
わけがわからなくなるほど
定義するのが難しい。」
と述べています。

そして、
「しかし、治るばかりが能じゃないんですよ。そうでしょう、生きることが大事なんだから。」
という言葉。これはほんとうに重たい言葉です。
臨床から汲み上げられた言葉です。

ここでは、生にとってポジティヴなベクトルと
病の緩解ということが
必ずしも一致しないことが示されています。

ただただ厳粛な気持ちになります。

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

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2009年11月03日

村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた 村上 春樹

村上朝日堂
「村上春樹の小説は難しい」
「意味がよくわからない・・・」って方にもお勧め。
村上春樹さんがボストンで暮らしていたときに書かれたエッセイです。

毎朝、大きなボウルいっぱいのグリーンサラダを食べるとか、
ボストンマラソンのために毎日走りこみをするとか、
「猫がよろこぶビデオ」をカナダの通販からお取り寄せするとか、
ふだんのゆったりした村上春樹さんの生活の様子が覗けマス。

写真もたくさん載ってて、
しかもそれはいつも村上春樹さんに「ふん」って怒ってる(笑)奥様撮影のもの。
仲のよさも伺えてうらやましいかぎりなのです。
村上春樹さんが感じている「小さくても確かな幸せ・小確幸」をご一緒に!
思い出し笑いが止められない一冊になること請け合いです。

1993年から95年にかけて、
アメリカ以外の国にも多く旅行していてその記録となっています。
写真と挿絵が多くあるので、絵日記のような内容です。
奥さんが撮ったという写真がわりと好きです。
文章も肩の力がぬけています。
特に猫が好きな人は読んでみては。
そこらへんの人の日記よりは面白かったですし、
アヒルのくだりにはなぜか一人で笑ってしまいました。
なんかちょっと悔しい。
著者の生活が多少はうかがい知れてよいのですが、
わりと自由気ままな生活をしていて、
たまにですが、
突拍子の無い考えを提示する人だと知ってしまう気がしました。
やっぱり小説のほうがよい気がしました。
村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた (新潮文庫)

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2009年11月02日

レキシントンの幽霊 村上 春樹

レキシントンの幽霊

短編集。

村上の短編は長編とは違う味があると思う。より自然といったらいいのだろうかな。長編は長編で1つ1つを解きほぐしていく楽しさがあるけど、短編はシンプルに空気でメッセージを伝えてくる感じ。

(短編って長編みたいに確実性を求められないし、数打っていくつか当たればOK的な要素もあるから自然とそうなるのかもしれないけど。)

中でも、「氷男」「7番目の男」「トニー滝谷」「めくらやなぎと、眠る女」はそういうところが楽しめるはず。

あと、「めくらやなぎと、眠る女」は、新潮文庫から出てる短編集の『蛍・納屋を焼く・その他短編』に載ってる「めくらやなぎと眠る女」(題名に読点がないのが違い)のショートバージョン。僕はショートバージョンのほうが雰囲気を率直に味わうことが出来る分好き。読み比べてみるのも楽しいと思う。

村上春樹という作家は、1つの作品をどれだけの時間をかけ、どれだけの添削をしながら書いているのだろうか?

そして自分の作品にどう向かい合っているのだろうか?書きかけの小説、そして一旦出来上がって世に出した作品と、それを直して出してみせた「めくらやなぎと、眠る女」のような作品。

そういえば初期作品には「いるか男」がごく普通に現れていた。そんな世界感を、多くの読者が持っていたのかも知れない。ぼくも同様に、目の前に展開する現実の世界とともに、自分しか知り得ない自分の中の世界が同時にその場で起きているのだから。

当たり前のことかも知れない世界観を、ここ村上ワールドでは見る事ができる。
レキシントンの幽霊 (文春文庫)

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2009年11月01日

夜のくもざる―村上朝日堂短篇小説 村上 春樹, 安西 水丸

夜のくもざる
村上春樹が好きじゃない人とか、
村上春樹を初めて読む人とか、
これを読んでどう思うのかなと思う。
よくわかんない話ばっかだし。

関連性のない挿絵とか、
読んでてふわーと、
全部どうでもいいかなとか思ってしまう。
 
一瞬で目の前を通り過ぎる魚のような、
つかの間のぬめりみたいな超掌編たち。

さらっと読めてしまう超短編がいくつも収録された本。初めて読んだのはずいぶん前だけど、「なんだこれは!」と思わず声をあげてしまいました。おかしなことや不思議なことが起こり、よくわからないままに次の話に進んでいってしまって、口を閉じる暇もありません。

色々な話があるけど、とても好きなのは本のタイトルになっている「夜のくもざる」と「もしょもしょ」です。


夜のくもざる―村上朝日堂短篇小説 (新潮文庫)

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2009年10月23日

ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編  村上 春樹

ねじまき鳥クロニクル
「あなたは私をクミコさんだと思っている。
 私をクミコさんとして連れ戻そうとしている。
 でもさ、もし私がクミコさんじゃなかったとしたら
 そのときはどうするの?
 あなたはまったく違うものを一緒に連れて帰ろうと
 しているかもしれないのよ。
 あなたの確信はほんとうにたしかなの?」
「君を連れて帰る。そのためにここに来たんだ」
「間違いなく、はっきりとそう言えるのね?」
「はっきりとそう言える。僕は君を連れて帰る」
「もう考え直すことはない?」
「考え直すことはない。心は決まっている」


(中略)


その時、ドアにノックの音が聞こえた。
壁に釘を打ち込むような硬い、乾いたノックだった。

「逃げて。今ならまだあなたは壁を抜けることができる」

僕の考えていることが本当に正しいかどうか、僕にはわからない。
でもこの場所にいる僕はそれに勝たなくてはならない。

「今度はどこにも逃げないよ。僕は君を連れて帰る」



無意識的な夢の中に視る衝動、しかし反する自己意識。
その狭間で揺れる一人の女性を懸命に追う彼の物語。

無意識による心的エネルギー(イド)=井戸
を手にしようとする彼。
それを取り巻く不思議な人物。
損なわれ続ける確かなものたち。
それ故にひどく不確かなもので。


ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編 (新潮文庫)


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2009年10月19日

ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 村上 春樹

ねじまき鳥クロニクル「誰もがやるようなことを、時間をかけて、じっくりとやれ。

どこまでも時間をかける覚悟がいる。

誰にもできること、誰もが見てもわかることに、じっくりと時間をかけるのさ。」


「本当に大事なことは、とても小さな声で語られるものです。」



「人が死ぬって、どんな感じかしら。極限をみてみたかったの。」




「ねじまき鳥さんの、ねじが、早くみつかりますように。」



「僕はもう、オカダトオルでは、ないのだ。新しい名前が必要なのだ。」



世界のねじを巻く、ねじまき鳥。

誰もが気がつかない、ねじまき鳥。

ねじまき鳥がねじを巻かないと、
世の中の動きは止まってしまうのか。

第二部を読破しても、
ねじまき鳥の鳴き声を、はっきりと
聴き取ることができない。

まだ、「はっきり」とは。

大切なものを失う代わりに得るものってやっぱり大切なのだろうか?
例え大切ではないとしても、それはどれだけの存在価値があるのだろう?

僕らはどこへ向かっていき、誰を救い、誰に救われるのだろう?


ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 (新潮文庫)

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2009年10月18日

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 村上 春樹

ねじまき鳥クロニクル
 村上春樹の三部作の序章である第一部。

"地球の表面の三分の二は海で、僕らが肉眼で見ることのできるのは海面というただの皮膚にすぎなかった。その皮膚の下に本当にどんなものがあるのか、ほとんど何も知らなかったし、僕らはそれを忘れてしまっていた。"

最初「クロニクル」って言葉の意味も知らないまま読み始めたんだけど、2巻目に入るところでその意味を調べて、なるほどって思った。これは確かにクロニクル。

   クロニクル:年代記。編年史。

何か大きな出来事があってそれを中心に展開していくんじゃ全然なくて、何が起こってるのかその根本が分からないまま、主人公の周りで次から次へと小さな妙なことが起こってく。そして気がつくと、もう絶対に引き返せないくらい深い深い沼に潜ってってるような感じ。

この人はほんとすごいね。探究心が外じゃなくて内に向かってってる。世界の不思議を解き明かすことより、人間の不思議のほうが魅力的らしい。でも確かにそっちのほうがずっとずっと深くて複雑なんだよね。

この本の中では、人間の肉体と意識の分離がキーになってる(と思う。今のとこ。)んだけど、ふつうは肉体のなかに意識があると思うじゃん。てかまずそんなこと考えたことなかったわ。でも、何かのきっかけで肉体の存在が自覚・認識できなくなったときに、たとえば完全な暗闇とかにおかれると、意識が肉体という器に収まりきらなくなって、そこからあふれて出てっちゃうって場面があって。もう目からウロコがボロボロボロっと。そんなのきっと実際に自分が体験しないことには、本当の意味では理解できないんだろうけど、それでも、そういうことについて考えるきっかけを与えてくれたこの本はすごい。別に特に難しい文章とかでは全然ないけど、こんな観念的で抽象的な世界観を言葉に表して、そして途中で読むのを止められないくらい人をひきつける文章を書く、村上春樹がすごいと思った。

あともうひとつ、人は結局自分以外の誰かのことを完全に理解するのは不可能なんだって記述が、すごく印象に残った。それはもはや「そんなの当然、だからこそ理解しようとする努力が必要なんだ」っていう(使い古された)ことばの論拠にされてしまってるけど、わたしは本当にそのことを理解できているのかな。頭で理解することと、本当に理解することとは、けっこう隔たりが大きい気がした。


ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)

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2009年10月17日

パン屋再襲撃 村上 春樹

パン屋再襲撃

村上春樹の短編集。代表的な長編をあらかた読んでから読むのも面白いと思うけど、逆の方が新鮮な気持ちになれた気がする。

長編につながるアイデア帳みたい。

パン屋再襲撃は短編ぽい不思議な気分に浸れた。伊坂好太郎なんかに影響を与えているんだろうなあというタッチ。空腹という欠落感を埋めるためのパン屋襲撃が失敗に終わり、妻に話すことによってパン屋再襲撃を企て、欠落感を埋めた主人公が欠落感を埋めたのは良かったことなのかたあと言っていた。あと、欠落感を埋めるという現代人の行為にその方法とか色んなものを含めて批判的だった気がする。腹が減ったらシンプルに食えばいいだけなのだ。


象の消滅は忘れられないだろう。授業中に読んでいたら、教授が急病により休講するとの発表があったからだ。僕のゼミが読み終わる瞬間に消滅した。東京奇憚集めいているよな。作品としては、僕と鼠シリーズなんかに貫かれてるテーマがさりげなく提示されていて面白かった。象がいなくなるではなく消滅するというとこも馬鹿馬鹿しくて好きだ。


一番好きだったのは、ファミリーアフェア。結婚の近い妹と兄がコミカルなタッチで書かれてて面白かった。けど、最後に示されたテーマは色んな作品に出てる認識で興味深い。妹がいない生活、妹がいる生活。それは同じ世界なのだろうか?


短編集としては、TVピープルが一番好きだけど、それなりに抑揚のある集め方で楽しめた。

「パン屋再襲撃」
もはやこのタイトルだけで、 村上ワールド全開です。

文字通り、パン屋を再び襲撃するお話。 「もう一度パン屋を襲うのよ。」的な妻のセリフがクール。 残った20個のビックマックがクール。

「ファミリー・アフェア」は、 声を出して笑った。 面白い。

村上春樹を知らない人は、 本書から取り掛かってみると、 良いかもしれない。

パン屋再襲撃 (文春文庫)


ラベル:村上 春樹
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2009年10月15日

名前のない人 村上 春樹, Chris Van Allsburg, クリス・ヴァン・オールズバーグ

名前のない人
一度だけ、高校の図書館偶然手にとった本。

「優しくて、違和感」って言葉が
合うんだろうなあ。

豊かな自然と
その中に住む人間の優しくて親切なところ
があったかい気持ちにさせてくれて、

名も無い人が何者なのか?
その小さな秘密と、絵のタッチが
独特で、不思議。

内容と絵がずっと脳裏に焼き付いていたんだけど、
図書館で見たきり、探しても探しても題名がわからず探せなかったんです。

が!!

ついこの前、家の近くの図書館で
またまた偶然、再会。そして、また感動。

読むと、私は原点回帰な気分になりました。
これこれ、こういう事を伝えたいんだよね〜。と。

「名前の無い人」の正体を、読んだ人はわかりましたか?

あ、でも内緒ね。
心にとどめておくのがいいと思うな。


名前のない人

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2009年10月14日

日出る国の工場 村上 春樹, 安西 水丸

◇しかしながら漫才のコンビみたいですね、こうしてふたつずつ並べてみると。
鉛筆「そら君、ここはこうやろ」
消しゴム「違いますがな、こんなことあらへん」
鉛筆「そうか、そういやそうやなあ。ほんならこうやろ?こりこり」
消しゴム「違う言うたら。こしこし」
鉛筆「君もしつこい奴やな。ほな、これでどうや。こりこり」
消しゴム「まあ大体よろしいけど、ここがあかんがな。こしこし」
鉛筆「そんなアホな、こりこり」
なんてね、こういうことを考えながらゲラの校正していると、わりに飽きなくて済む。


◇かつらというのは非常に特異な商品なんです、とアデランスの広報担当者は言う。何が特異かというと「クチコミがまったくない」ということである。たとえば「俺のコレ、かつらなんだけどさ、ほら、ベリベリ……ね、わかんないでしょ?よくできてんだよね」と友だちに言ってまわるような人はまずいない。よくできたかつらをつけている人はだいたいがそれを秘密にしていて、まわりに髪の薄い人がいても「××にしなさい。××のかつらはよくできてるから」と勧めたりはしないものなのだ。じっと黙っている。「こういう横のひろがりのない商品って、あまり他に例がないんです」と担当者は言うが、言われてみればたしかにそのとおりという気がする。


◆7つのマニアックな工場見学。
人体模型
かつら
CD
消しゴム
コム・デ・ギャルソン
小岩井農場
結婚式場


日出る国の工場 (新潮文庫)

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2009年10月11日

TVピープル 村上 春樹

TVピープル
不意に部屋に侵入してきたTVピープル、
詩を読むようにひとりごとを言う若者、
17日間一睡もできず、さらに目が冴えている女、etc…
奇妙な魅惑にみちた六つの短篇。


最初に読んだときは「眠り」という話が印象に残った。眠れなくなってしまう以外は、むしろ今までよりパワフルに人生を送る女性の話。
夫も子供も知らない、皆が寝静まった後にこそ
この女性は生きてる実感を持って本を貪り読む。
むしろ今まで自分の「生活」としてきた物に対しては、自分の情熱をスイッチオフし、淡々とこなす。しかし周りは気付かない。

表面上は眠れなくなる前よりもずっとうまく回っていく生活。
でも読み進むにつれぞっとしてきました。
これは…何かとんでもない間違いを犯してる気がする。これ以上進んだら戻れないターニングポイントにぐんぐん近づいてるような。

人は人のことをどれだけ知っているのだろう。
それを見せ付けられた気がしました。


最近読み直して好きだと思ったのは
「我らの時代のフォークロア」。
何処が好きかと問われれば、「もう固まってしまった過去」を描いているところが好きです。

・TVピープル
・飛行機―あるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか
・我らの時代のフォークロア―高度資本主義前史
・加納クレタ
・ゾンビ
・眠り

TVピープル (文春文庫)

ラベル:村上 春樹
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2009年10月10日

遠い太鼓 村上 春樹

遠い太鼓
小説家・翻訳家村上春樹の、イタリア・ギリシアで生活した3年間を綴ったエッセイ。

 地中海の陽気、人々、生活、ハプニング・・・。全ての言葉が映像化されて、まるで自分がそこにいて、一緒に時間をすごしているような、そんな感覚に陥らせてくれる。広がる現実逃避・幻想ワールド。

 ヨーロッパは「私の現実」と全く違うから、そこに魅せられて、「同化」したいって思う。でもそれは、本当は無理なのかな、とも思ってる。

『ノルウェイの森』から『ダンス・ダンス・ダンス』までを執筆していた間の、ヨーロッパ滞在記。滞在記とは言っても、いろいろな理由でヨーロッパ中を漂泊していたということで、旅行記と言った方が正確だろう。


遠い太鼓 (講談社文庫)

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2009年10月09日

雨天炎天―ギリシャ・トルコ辺境紀行 村上 春樹

雨天炎天
「女」と名のつくものはたとえ動物であろうと入れない、ギリシャ正教の聖地アトス。
険しい山道にも、厳しい天候にも、粗食にも負けず、アトスの山中を修道院から修道院へひたすら歩くギリシャ編。
一転、若葉マークの四駆を駆って、ボスフォラス海峡を抜け、兵隊と羊と埃がいっぱいのトルコ一周の旅へ―。
雨に降られ太陽に焙られ埃にまみれつつ、タフでハードな冒険の旅は続く。

本棚の整理をしていて、みつけたかな〜り昔の旅行記。
う〜んと、村上春樹さんは、なぜにこの旅に出たのかな???
ギリシャでは修道院めぐり。トルコでは、海岸沿いをぐるりと…

宗教臭い話はほとんどなく、修道院では出てきた食事をミシュラン風?に、査定!
親切な修道僧とか、まずいカビだらけのパンを食べる猫とか、あまりその場所と関係ないことがつらつらと…

ボリュームはとても、ギリシャとトルコを周ったとは思えないほどのボリュームで、
街の情感とかよりも、特にトルコでは食べたものが美味しかったとか、魚が新鮮とか、
正に、村上春樹的な旅行記となっているのが、特徴!?

村上春樹は、長編でこそ村上春樹的テイストが出る気がするなぁ
エッセイ集は、あまり好きじゃなく…短編は短編でしかない…
でも、そこから繋がるものは、やっぱり『春樹ワールド』だから、
ついつい、隅から隅まで、網羅したくなるのは、何でだろう?

<目次>
アトス―神様のリアル・ワールド(さよならリアル・ワールド
アトスとはどのような世界であるのか
ダフニからカリエへ
カリエからスタヴロニキタ
イヴィロン修道院
フィロセウ修道院
カラカル修道院
ラヴラ修道院
プロドロムのスキテまで
カフソリヴィア
アギア・アンナ―さらばアトス)
チャイと兵隊と羊―21日間トルコ一周(兵隊
パンとチャイ
トルコ
黒海
ホパ
ヴァン猫
ハッカリに向かう
ハッカリ
マルボロ
国道24号線の悪夢
国道24号線に沿って)

雨天炎天―ギリシャ・トルコ辺境紀行 (新潮文庫)

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2009年10月08日

国境の南、太陽の西 村上 春樹

国境の南、太陽の西
pretend you're happy when you're blue

it isn't very hard to do


辛いときには幸せなふりをしよう

それはそんなにむずかしいことではないよ

どんなに幸せだなあ。と思っていても、
たぶん人は、どこか渇いているか、餓えていると思う。

でもその、なんだろ、欠落感みたいなものを
埋めよう、と頑張ってみても、手に入れるためには
いま持ってる大切な物をあらかた全部捨てなければ
手に入らないものだと思う。

でも、そこまでして、手に入れなければいけないものなのか。
全てを捨てて、渇きが満ちれば本当に幸福なのか?とかは解らないけど

渇きや飢えを満たしてくれる何にも代えられないモノを喪失した人生で、人は何を思って、生きていくのだろう?

色々考えさせてくれます。
知人は、『結局元サヤかよ!!主人公ずるいよ!!』
と言っていたけれども、僕は、主人公にはこれから
自分の半分が死んだ人生しか待っていないような
そんな空虚感を感じてしまいました。

「君だからだよ。誰にでも親切にするわけじゃない。誰にでも親切にするには僕の人生は限られすぎている。君ひとりに対して親切にするにも、僕の人生は限れているんだ。もし限られていなかったら、僕はもっといろんなことを君にしてあげられると思う。でもそうじゃない」

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)

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2009年10月07日

やがて哀しき外国語 村上 春樹

やがて哀しき外国語
1991年の初めから、約2年半にわたってアメリカ、ニュージャージー州プリンストンに住んだ時期の体験を書いたエッセイ集。当地での生活を通して肌で掴み取ったものを何気なく、鋭く書き綴ってある。欧州滞在時の「遠い太鼓」とは、また別の味わいのあるエッセイ。

村上春樹がジャズファンだとこの本で知って、
なんだか、あぁ、と思った。
確かに彼の本にはジャズが似合うかも知れない。
難解な心地好さというか。
少なくとも赤のマニキュアよりは似合う。
(無心状態で読んでる時に気づくとすごく目障り。)

村上春樹って、英語を翻訳してるみたいに小説を書くけど、
(何処か日本語的に不自然。けなしてる訳じゃなく、特長として。
好き嫌いが分かれるのもこの辺りが原因の一つかも。)
彼曰く、日本文学にあまり接したことがないのが理由なのかなぁ。


この本で紹介?されていた本や映画を(よ)みたい。
まず手始めに、レイモンド・カーヴァー(春樹訳)を読もう。


タイトルになっている「外国語」とは、彼にとって英語であり、
母語(mother tongue)の日本語でもある。
このことに触れてあるあとがきが一番心に残った。
多言語を学ぶ者には避けられないテーマかも知れないな。
「やがて哀しき外国語」。
(すごく的を得ていて、すき、この表現。)

あと、「あらゆる言語は基本的に等価である」というのも、
成る程、と思った。

当時の時事問題も含め、村上春樹という作家の積み上げてきたもの、翻訳家としての姿、外国語を含めた「言葉」への感性を覗き見ることができる。

やがて哀しき外国語 (講談社文庫)


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2009年10月04日

使いみちのない風景 村上 春樹, 稲越 功一

使いみちのない風景

 ”移動するスピードに現実を追いつかせるな”

多分、この本を読んで、写真を見て、
その雰囲気に沈むということが、
もう使いみちのない風景を作り出しているような気がする。


1番簡単な「移り住み」は本を読むことなんだろうな。
そうして、兎角住みにくい世の中を少しはましにして、人々は過ごしているのだろう。


だったら、小説家は与えるばかりなのだろうか。
我々は与えられるばかりなのだろうか。
でも、きっと使いみちのない風景によって与えられたもので、小説家は似たようなものを得ているのかもしれない。


こうして私はまた沈み、与えられ、
また与えたいとも願うのです。


使いみちのない風景 (中公文庫)

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2009年09月29日

ランゲルハンス島の午後 村上 春樹, 安西 水丸

ランゲルハンス島の午後
まるで心がゆるんで溶けてしまいそうなくらい気持のよい、1961年の春の日の午後、川岸の芝生に寝ころんで空を眺めていた。川の底の柔らかな砂地を撫でるように流れていく水音をききながら、僕はそっと手をのばして、あの神秘的なランゲルハンス島の岸辺にふれた―。夢あふれるカラフルなイラストと、その隣に気持よさそうに寄り添うハートウォーミングなエッセイでつづる25編。

コレを読んで改めて思ったけど、村上春樹の文章と安西水丸の絵はカップの中でくるくると渦を描くミルクと紅茶の如く、オンザロックの氷が溶け出して描かれる透明な線とウィスキーの如く、よく溶け合っていると思う。

読む部分が少ないのでちゃっちゃと読めます。
読んだ後も、イラスト集として楽しめます。
文庫本だととても薄いので持ち歩くのにも便利。
そこの暇そうにしてるあなた、一度如何ですか?

「僕はわりに偏見にみちた考え方をする人間だから、あまり一般的な感覚とはいえないかもしれないが、地図を上手に描ける女の子がもし近くにいたりしたら、思わず恋をしてしまうんじゃないかという気がするくらいである。」

ランゲルハンス島の午後 (新潮文庫)

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2009年09月28日

村上朝日堂の逆襲 村上 春樹, 安西 水丸

お馴染みの村上春樹と安西水丸の軽快エッセイ集。


村上春樹が文を書いて、安西水丸が挿絵を描くというスタイルの短いエッセイが詰まっている。
「週刊朝日」に1985年4月から1986年4月にかけて連載。長編でいうと『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を書いた後あたりに書かれたもの。


村上春樹という人は小説とエッセイでノリがあまり変わらない。変なところに強いこだわりを持っていたり、普通の人が当たり前にやっていることがまったくできなかったりというのは、彼が書く小説の主人公に良く似ている。

本編は著者の精神状態がどちらかといえば良い時に書かれたもののようで、タッチも軽快で話題も軽やか、ジョークもなかなか切れて楽しい。この人は緊張していたりコンディションが悪かったりすると文章が「凍っていて」、感情の起伏が見えにくくなるのだが、本編はとても良かった。

それにしても何でハワイに行くのにスーツケースに冷や麦15束も持ってくんだよ。というか別のエッセイではギリシャで冷や麦食べてたぞ。そんなにうまいか?


村上朝日堂の逆襲 (新潮文庫)

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2009年09月27日

羊男のクリスマス 村上 春樹, 佐々木 マキ

『「羊男世界がいつまでも平和で幸せでありますように」』

聖羊祭日にドーナツを食べた呪いの為クリスマスソングが作曲できない羊男は、穴のあいてないねじりドーナツを手に秘密の穴の底におりていきました。暗い穴を抜けるとそこには――。なつかしい羊博士や双子の女の子、ねじけやなんでもなしも登場して、あなたを素敵なクリスマスパーティにご招待します。


完璧な夢の世界には苦労がある。
それだったら現実で苦労し、現実の中にある夢の世界で幸せを感じ、また現実に戻る。
その繰り返し。
それが幸せ。


私の知っているクリスマスのお話で
一番クリスマスらしくないお話。
クリスマス感がまるでないw

冒頭の
「夏用の羊衣装の下でぐっしょりと汗をかいていた。夏の盛りに羊男であり続けるのはなかなかつらいことなのだ。とくにエアコンも変えない貧乏な羊男にとっては。」
でくすりと笑う。
何しろ私も貧乏だ。共感を呼ぶ、よくわかる。

羊男の悩みはそれ相応の苦労と冒険wが
必要だったわけでそれを乗り越えて
中から出てくる感情引き出すためのもの。

・・・なんて、硬いことを言わないで
羊男のアリスワンダーランドを楽しもう。

・・・それにしても海ガラスの部屋は汚い。
策略ででも何でも掃除してもらいたくなるよねw

村上春樹は3冊目。
「ダンス ダンス ダンス」とか
「羊をめぐる冒険」を読んでからこの本を読んだほうが
面白いのかもしれない。
羊男の存在はこちらに詳しいそうだから。

佐々木マキの絵本は哲学っぽくて
私の中では特別な存在である。

:::::
ドーナッツが食べたくなった。
シナモンドーナッツを作ろうw


羊男のクリスマス (講談社文庫)


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2009年09月26日

映画をめぐる冒険 村上 春樹, 川本 三郎

村上春樹の絶版本。
共著の川本三郎と手分けして各自が計246本の映画を評していくんだけど、
1本あたりにかける文章量も少ないので気軽に読むもの。
村上春樹のエッセーは時として凄くだるくなるのだけど、
彼が選ぶ映画の趣向が中々興味深い。

というのもできるだけ気張らずに選んだようで、
その気張らなさ具合がとても共感が持てるものばかりなので。

よく趣味が合う友達と話すことなんだけど、
1個では無理でも何個か共通の趣向があると、
そこから広げてもやっぱり合うという傾向が見えてくる。
「え、やっぱりアレも好き?」みたいな感じで会話が弾むのだ。

この本で言えばジョン・ランディスが3本も入っていたり、「やっぱり『ハスラー』はいいよねぇ」とか、「おお、トリュフォーは『アデルの恋の物語』でいきましたか」ってな具合で。

それと同時に映画の感想から実際に彼が書いたもののヒントが披露されているのも面白い。
たとえば『地下水道』。

 この映画は、戦争映画でありながら敵兵の姿が殆ど
 画面に現れない。敵は暗闇であり、己れ自身である。
 (P56より)

そしてタイトルを見れば映画を知らなくても分かると思うけれど、この映画は地下水道で起こる物語なのだ。
つまりこれって『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』をイメージせずにはいられなくなるわけですよ。

他にもそういったことを臭わせる記載が幾つかあるので、
村上春樹研究なんてものをやるとしたら参考資料として面白いはず。

というようなのがイヤなのでエッセー的なものはもう書かないらしいけど。


映画をめぐる冒険

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2009年09月25日

村上朝日堂 村上 春樹 安西 水丸

村上朝日堂


村上春樹の小説に共通する《曖昧さ》

これを象徴する文章があったので抜粋します。

【時々一人で討論会をやって結構楽しんでいる。
たとえば「人間には尻尾があった方が良いか悪いか」なんてテーマで尻尾支持派Aと尻尾排斥派Bをかわりばんこに一人でやったりしてね。
そういうことしていると人間の意見あるいは思想なんてものがどれくらいあやふやでその場しのぎ的なものかということがよくわかる。
もちろんそのあやふやでその場しのぎ的なところがたまらなくいとおしいということもあるわけなのだけれど。
(中略)
でも人間に尻尾がついていたら消しゴムのかすを払う時なんかすごく便利だと思いませんか?】

春「僕もどっちかというといわゆる美人というのは好きじゃない。わりにこういう感じは好みであるというあたりが好きなんですね。このテの顔は、僕にしか正当に評価できないという感じがあると、いいわけですね。」
水「うん。たぶんこのよさはほかの人にはわからないだろうなという、そういう魅力を持った人っていますよね。村上さんは、あの小説に出てくるような洒落た会話で……?」

村上朝日堂 (新潮文庫)



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2009年09月24日

波の絵、波の話 稲越 功一, 村上 春樹

身近に海と波があるところで育っていたら、性格も生活も変わっていたかもしれないなあー

稲越さんの写真をみて、初めて写真というものに気持ちを動かされました。
この人の撮ったものをいろいろみてみたい。


波の絵、波の話

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2009年09月23日

象工場のハッピーエンド 村上 春樹, 安西 水丸

今の家を離れて、
どんな場所に行こうとも、
持ち続けたい本。

毎日読みたい本ではないけど、
ふとした時に読み返したくなる本。

絵と文章が織り成す雰囲気が好き


象工場のハッピーエンド (新潮文庫)

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2009年09月22日

カンガルー日和 村上 春樹 佐々木 マキ

村上春樹の短編集。
村上春樹の描く切ない孤独感が大好きです。
特にこの中の「32歳のデイトリッパー」は、さらっとしてるけど、今の自分を振り返らせてくれる。生きることととかそんな哲学的なことを押し付けてるわけではないけど。
多分、自分もどっかで人生のUターンしてるんだろうな。

この中のある1本の短編は、言葉に出来ない筈のなにかを明言することなく描き切ろうとしていると思います
とりあえず、彼の書こうとしているもののひとつが、一番簡潔に書かれたケースの一例と言えるんじゃないかと思うくらいの文章だ
彼の作品を読みたいけれど自分は長編で付き合える性格じゃないと思っている方々は読んでみると良いかもしれないよ。
『つまり村上春樹が何を言いたいのかというと』というのがちょっと解ってくるかも知れない

…という気になるかも知れない(笑)

そんな本

あとは、『眠い』の文章のかたちや『かいつぶり』の星新一かげん など がお気に入りです。
表題作『カンガルー日和』も可愛かったと思います。


カンガルー日和 (講談社文庫)


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2009年09月21日

羊をめぐる冒険 村上 春樹

野間文芸新人賞受賞作。風の歌を聴け、1973年のピンボールにつぐ3部作の3作目。素晴らしい前2作に比べれば少々見劣りするものの、独特の空気に酔いながら上下巻さくっと読めます。ラストのすっきりしなささはねじまき鳥や世界の終わりと同様。 美しい耳の彼女と共に、星形の斑紋を背中に持っているという一頭の羊と“鼠”の行方を追って、北海道奥地の牧場にたどりついた僕を、恐ろしい事実が待ち受けていた。一九八二年秋、僕たちの旅は終わる。すべてを失った僕の、ラスト・アドベンチャー。村上春樹の青春三部作完結編。



羊をめぐる冒険〈上〉 (講談社文庫)
羊をめぐる冒険〈下〉 (講談社文庫)

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2009年09月20日

夢で会いましょう 村上 春樹, 糸井 重里

夢で会いましょう
村上春樹と糸井重里による共著の、超ショートショート集。
二百数十ページの薄い本に、99偏のショートショートが詰め込まれている。

『ア〜ワで始まるカタカナ語を五十音順に並べ、それをテーマに両作家が「何かしらの文章」を書く』という不思議な決まりで成り立つ。
「アイゼンハワー」「アスパラガス」のようなタイトルの短編で始まり、最後は「ワン」というタイトルの文章で終わる。

夢を見ているような気分になる短編もあれば、ブラックジョークもあり、一見意味不明な詩もあったりする。
ただでさえ非凡で柔らかな発想の両作家が、なんとも自由に文章を書いている印象。
いつでも読みはじめる事が出来て、いつでも読むのをやめられるのだが、読んでる間は心地よくトリップしてしまう。そして何度でも読みたくなる不思議な本。


夢で会いましょう (講談社文庫)

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2009年09月19日

1973年のピンボール 村上 春樹

1973年のピンボール
羊→風→1973年 の順番でたどり着く。
なぜか、風の歌を聞けより、読みづらいな〜と最初の方で
感じたのだけど、ラストに向かって、あぁ、やっぱりこんな感じ、
の安心感があった。


『風の歌を聴け』の方が好きだったかナ。『ねじまき鳥〜』『海辺のカフカ』はもっと面白かったけど。でも『羊〜』と『ダンスダンスダンス』に続いていくと思うと

読み返すと面白いもんやね。
結末を知ってるからこそわかるものがあった。

この本は、全部理解しようとして読まないほうがいい。
ただ、なにかを感じ取る、そんな感じで読むと感動します。


・「あたしは四十五年かけてひとつのことしかわからなかったよ。こういうことさ。人はどんなことからでも努力さえすれば何かを学べるってね。どんなに月並みで平凡なことからでも必ず何かを学べる。どんな髭剃りにも哲学はあるってね、どこかで読んだよ。実際、そうしなければ誰も生き残ってなんかいけないのさ」
・「あそこは…ひどく寒い。」
・電話が鳴る、そしてこう思う。誰かが誰かに向けて何かを語ろうとしているのだ、と。
・「哲学の義務は…誤解によって生じた幻想を除去することにある
。…配電盤よ貯水池の底に安らかに眠れ。」
・ずいぶん捜したよ。
・「もとのところよ。」「帰るだけ。」



1973年のピンボール (講談社文庫)

ラベル:村上 春樹
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2009年09月08日

1Q84 BOOK 2 村上春樹

1,2をまとめて感想。
だいぶ前に読み終わり、2巡目も終わったところ。
60にして、今でもシャレている村上春樹の世界観が好き。
トヨタロイヤルサルーンのタクシーにも乗ってみたいし、ヤナーチェックのシンフォニエッタがどんな曲なのかも聴いてみたいし、えびとイタリアンパセリの炒め物なんて作って食べてみたいし、珍しい色とりどりの蝶が舞う温室で紅茶とビスケットを食べるってどんな感じよー。
・・・と、いつでも登場するディテールがかっこいいです。
永遠のファッションリーダーと呼ぼう。
ひとむかし前、村上春樹の小説読んでは、プールサイドで飲む缶ビールとサンドウィッチってどんな感じよー、男子に作ってもらうトマトスパゲッティってどんな感じよー・・って若かりし頃の憧れの気持ちを、今でも蘇らせてくれます。

教祖と青豆が出会って、語るシーンは、非常に難解でした。
自分が、言っていることの半分も理解できているかは疑問。 
でも、まったく違った宗教観、違う観念を持った世界の人、平ったく言えば価値観が違う、考え方の違う人同士が、心の琴線に触れ合う話し合いをできるかも?しれない瞬間を描くのは大変だったろう・・と思う。
そして、この殺伐とした世の中でも、私たちはそういう話し合いをきっとできるはず・・ということを村上春樹は言いたかったのではないかなーと思いました。
ノーベル文学賞受賞しますかね? 受賞したら、ビールで一人お祝いします。




1Q84 BOOK 2


ラベル:村上 春樹
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2009年09月07日

1Q84 BOOK 1 村上春樹

 村上春樹の「1Q84」読みました。

 これまで通り、性格的なことはどの人物も一緒。

 人生に明確な目的も夢もないけれど、自分の「個」が周囲に影響されることはありません。それは周囲に流されることない強い「個」であり、見習いたいことです。

 しかしながら、社会に属する人間にとって「個」を押し通すことはかなり難しい。
 だから彼らはなるべく社会から遠いところに自分を置いている。
 
 反社会的な行為(暗殺)も、自分自身が納得しているから、
 ためらわずに遂行できる。 
 
 どんなに周囲が激しく変化しても変わりません。周囲にいろいろと促されることはありますが、最後の決断には「個」を感じます。体制と対立する強い「個」を感じます。さすがハードボイルド作家。

 リトル・ピープルとは? 
 多分、目に見えないけれど多大な影響を及ぼす病原菌のようなものだと思います。
 周囲の力によって「個」が侵されるぐらいなら死んでもいい。自分がもう生きる必要ないと思ったなら死ぬ。
 その潔さ、生きることに喜び見出してないだけじゃないか、と言われるかもしれませんが格好いいです。

 --------------------------------------------------------------------------------------------

 上記のことはこれまでの作品に共通して言えること。

 以下はこれまでと違うと言えることをつらつら。 

 簡単に挙げるなら、三人称であったり、天吾が容姿が熊のようであるなど。

 しかし、一番違うのは家族とのやりとりが登場する、自分自身の生き方を問い直していること。

 今までに誰も愛していないことを、父(血はつながっていない)に告白している。
 自分自身が一人ぼっちなことなことに気付いて不安になる。
 
 父に対する嫌悪感は冒頭から最後まで書かれています。
 父から逃れるために家出したり、柔道を始めたりするわけです。
 結果的に逃れたかもしれませんが、そんな行動は父から逃れるためだけのものであり、そんな行動を続けている時点で父から逃れらていないように思います。

 しかし、死が迫った父と面会することで許す気持ちが芽生える。
 ようやく長きわたる父の呪縛から逃れた瞬間。
 
 村上作品で家族について言及する作品はこれが始めてではないでしょうか?
 (全村上作品を読破してないので断定できませんが・・・)

 ここが今までと一番違う場面であり、印象に残った場面です。

 
 最後に、天吾が「空気さなぎ」のあとに書き出した小説があります。
 自分のことを書いたという小説です。
 
 青豆や父が登場すると思います。
 自分自身を懺悔する小説を書くのではないでしょうか。

 その小説が完成したとき、天吾はどうなるのか。
 
 父の呪縛があったら、社会から距離をおいて「個」を重視するようになった。
 その呪縛から完全に解放されたら、社会と近づくのだろうか? 
 分かりません。 
 
 いろいろ気になりますが、続編はないような気がします。

 あるとしたら、明確な続編ではなくて、タイトルが違う暗示的な続編になると予想します。

 青春三部作のような感じ? 


1Q84 BOOK 1



ラベル:村上 春樹
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2009年04月28日

ふわふわ 村上 春樹, 安西 水丸

 村上春樹(文)、安西水丸(絵)の絵本のような猫のお話です。
 2001年発行とだいぶ古い本ですが、村上春樹のこんな本があることを知らず、ごく最近読みました。
 5分ぐらいで読めるお話で、別に物語があるわけでもないですが、この2人の文章と絵がお好きなら良いと思います。ほんわかした気分になれるのではないでしょうか。



ふわふわ (講談社文庫)

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2008年09月26日

アフターダーク  村上 春樹

小説世界。
それを眺める読者の視点。

物語を眺めさせられているという視点を常に過剰に意識させられる。

この過剰な誘導が物語に入り込めなくさせているのか、この誘導があるからこそ物語に意味が生まれてくるのか…



姉にコンプレックスを抱く妹が、その姉の友人の男に心を開いていくお話。

そしてそれを眺める「誰か」の視点。

最近たまたま気分で選んだ本が2冊続けて姉へのコンプレックスを持った少女が主人公でびっくり!

なんでだかわからないけど春樹の中ではもしかしたら3位に入るかも、ってくらい気に入った。

だがやはりこの視点の書き方は…腑に落ちないです。
どのような意図なんでしょう。




ラベル:村上 春樹
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2008年09月25日

ダンス・ダンス・ダンス〈上〉〈下〉村上 春樹

・風の歌を聴け
・1973年のピンボール
・羊をめぐる冒険
以上三部作の、続編にあたる。

「個人的」という表現がしっくりくる作品。
奇抜さを、奇抜に感じさせない文体は、村上春樹らしい。
無理に盛り上がらせないところにも好感が持てる。 

今まで読んできた小説の中でも、この作品の「僕」は、とても感情移入しやすい登場人物の一人だ。
平凡なのに、ちょっと偏屈で、すごく主体的。
あと、女性の登場人物が、とても魅力的。
車内で、ユキが泣くシーンが好き。

何度読んでも、飽きない作品。







ラベル:村上 春樹
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2008年09月11日

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉〈下〉村上 春樹

ときには、同時進行で、2冊の小説を読むことがある。

頭が混乱する感じが、けっこうよい。

この本は、1冊の中で、2つの物語が同時進行していく。

世界の終わりは、壮大な冒険の話。
教授の太った娘がかっこいい。

たまにいるなあ、こういう風に、
とてつもないことを、「のんひゃらりん」と
次々やってのける人物。

うらやましす。

不審な二人組に、マンションのドアを壊されるところが主人公かわいそうでした。

それでも、なんとか形だけドアをドア枠にはめようとする姿がけなげで、わらいました。




ラベル:村上 春樹
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