人気ブログランキングへ人気ブログランキングへ人気ブログランキングへ

2009年06月12日

魔性の子 小野 不由美

十二国記
教育実習生として母校にやってきた広瀬は、教室の中で、高里要という少年に出会う。一見するとおとなしく、どこにでもいそうな普通の少年なのだが、彼に対し、危害を加えたものは不慮の事故にあうといわれている。
これは「高里の起こした祟り」と恐れられているのだが、それは高里が過去に経験した「神隠し」によるものではないかという噂が生徒たちの間にあった…

そして日にちが経つにつれ、「祟り」による被害はどんどん大きくなり、広瀬や高里はまわりの人間たちの中傷・攻撃により追い詰められていく…

---------------------------------------------


同著者の十二国記シリーズと、実は裏でリンクしているが、こちらは単体の作品としても楽しめるよう構成されている。

十二国記の外伝といっていいと思う。

十二国記の番外編。
時系列的には、基準年の景王赤子より後。

神隠しに合った経験をもつ主人公:高里要の周りには、祟りと呼ばれる現象が次々と起こるというもの。

祟りの度合いが半端じゃない。
人は死ぬ、火事は起きる、などなど…。

しかしながら、ほぼ自分のせいで不幸が起こっているのに、主人公は暗くはない。
かといって、強がるでもない。
その不幸に身を任せている。
ミステリーというか、ホラー的要素が多い。

なのに、話はサラサラと流れていく。

終盤の天変地異のシーンが圧巻。
十二国記を読んだ後に読むことをオススメしたい。



魔性の子

posted by クロルデン at 08:04 | TrackBack(0) | 小野不由美主上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月11日

華胥の幽夢(ゆめ)―十二国記 小野 不由美, 山田 章博

十二国記
十二国記シリーズの番外編的な短編集。
峯王を討った月渓のその後を描いた「乗月」と、かつての采国の悲劇を描いた「華胥」がすき。重いけど。

「夢を見せてあげよう」
―しかし、荒廃と困窮を止められぬ国。
采王砥尚の言葉を信じ、華胥華朶の枝を抱く采麟の願いは叶うのか。
「暖かいところへ行ってみたくはないか?」
―泰王驍宗の命で漣国へと赴いた泰麟。雪に埋もれる戴国の麒麟が、そこに見たものは。
峯王仲韃の大逆を煽動した月渓は、圧政に苦しむ民を平和に導いてくれるのだろうか。
陽子が初めて心を通わせた楽俊は、いま。
希う幸福への道程を描く短編集。


十二国記世界における政治と現代の政治はだいぶ違うんだろうけど、それでも施政者の責任は圧倒的に重いのは確かなわけで。
"国を治める"ってのがどんなに大変なことか考えさせられますねー

"責難は成事にあらず"は政治以外のことでもあてはまる名言だと思う。

華胥の幽夢がやっぱり人気のようですね
自分としてはそれぞれに良さがあって決められないかも
乗月や冬栄は本編と直接リンクしてるので面白かったな
でもメッセージ性の深さでいうならやっぱり華胥かな

中身のない理想って現実にもよくある気がする
嫌なもの、駄目なものの反対が
良いものだとは必ずしもいえないんだよね

華胥を読んで真っ先に浮かんだのが民主党だったw
民主党はただ自民党に反対してるだけなんだよね
民主党の理想像というか主張がはっきりしないのは
こういう理由なんだってスッーと理解できた

十二国記は本当にいろんなものを教えてくれた
いろんなものに気づかせてくれた

例えば日本語の美しさ
十二国記は漢字がめっちゃでてくる
官職の名前だとか習慣だとかなんだけど
はっきり言って漢字の訓読み、音読みができて初めて
十二国記の世界のニュアンスが伝わってくる気がする

欧米人には本作を訳したって
本当の十二国記の世界観は伝わらないんじゃないかとさえ思う
だから日本人で、漢字圏でよかったなって初めて思った
日本語ってほんとに表現が多様でいい言語だ
なんか知らんけどそんなことを思った

ここが駄目、あれが駄目、って言って他人のわるいところをあげつらうだけじゃ何も変わらないよね、ほんとに。
メッセージ性が強く、考えさせられる事も多いです。
「責難は成事にあらず」
本当にその通りです。

人の悪口を言うことに意味がないとわかります。




華胥の幽夢(ゆめ)―十二国記



posted by クロルデン at 08:35 | TrackBack(0) | 小野不由美主上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

黄昏の岸 暁の天(そら)〈下〉―十二国記 小野 不由美

十二国記
黄昏の岸 暁の天(そら)〈下〉―十二国記


王、麒麟の両者が行方不明となった極国、戴。
そこから「国を救って欲しい」と言って慶に逃げ込んだ李斎。
景王陽子は登極してまだわずか三年。
国土は安定せず、信頼できる官吏さえ身の回りに従えることができずにいた。

他国には干渉しない。
それは十二国の暗黙の了解となっていた。
それは覿面の罪というものの存在が大きかった。
他国へ軍兵を向けてはいけない。それがたとえ自身の
道理に適ったものであろうと、民の道理に適ったものであろうと。
王も麒麟も数日のうちに斃れる。
王と麒麟が死ねば、その国は斃れる。
だから、どの国も他国へ干渉はしない。
もとより自国の政だけで手一杯と言う方が正しいのだろう。

陽子は自国の慶国が多少犠牲になっても戴を救いたいと言う。
戴を救うことの出来ない道理などあるものか、と。
それが蓬莱流だと言うのなら、自分はこんな世界に染まりたくなどない、と。


天の是非が問われる。
天意とは何なのか。人命よりも尊いものがこの世にあるのか。
それなら仁道の生物とされる麒麟は何なのか。
麒麟が仁道を諭すのであれば、当然天帝もそうであるはずではないのだろうか。
けれど、天帝は戴を救ってはくれない。
寒さの厳しい冬が訪れるたびに多くの民が命を落としていくのに。
その冬を和らげてくれることすらしてくれない。


陽子が雁王を巻き込み、雁王が各国へ呼びかけ、
泰麒救出の陣が組まれた。
軍兵を戴へ向けることはできない。
従って王を救うことはできない。探すことすらできない。
他国が戴国のためにできることは限られている。
唯一、蓬莱へ流されたという泰麒を探し出し、
この世界へ連れ戻すことだ。



無事に帰還した泰麒。
しかしその身体はすでに病魔に侵され、瀕死の状態であった。
泰麒へ向けられた怨詛。それが泰麒の身体を深く蝕んでいた。
既に麒麟でなくなり徒人となった泰麒。
利き腕を失くし、泰麒を守ることすら敵わない李斎。
それでも二人は戴国への帰還を志す。そこが自身の国だからだ。

自らの手で支えることのできるものを、我と呼ぶ。
ここで戴を支えることができなければ、そのために具体的に何ひとつできず、
しないのであれば、自分たちは永遠に戴を我が国と呼ぶ資格を失う。

既刊のものではここまでで、その後二人が無事に
王の驍宗を救い出すことができたのかは不明です。
続刊が待ち遠しいです。。。

後半は、十二国の各国の王・麒麟、さらには天の神々をも巻き込んでの総出で行われる泰麒の捜索・救出劇。

十二国記のオールスターです。十二国記の中でも最高に面白いです。

これの裏小説が「魔性の子」(新潮文庫)です。

この作品は、十二国旗における天(現世で言う神?)の存在が見えてきます。

人は弱い、1度奇跡が起きてしまうとそれに頼り、堕落してしまう。

そのことがわかっていても、この本を読んでいると理不尽な・・・っと思ってしまう。

「まず自分がしっかり立ってないと、人を助けることもできないんだな、と思って」

「人を助けることで、自分が立てるってこともあるからさ」




黄昏の岸 暁の天(そら)〈下〉―十二国記





posted by クロルデン at 07:08 | TrackBack(0) | 小野不由美主上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月09日

黄昏の岸 暁の天(そら)〈上〉―十二国記 小野 不由美

十二国記
ストーリー

登極から半年、疾風の勢いで戴国を整える泰王驍宗は、反乱鎮圧に赴き、未だ戻らず。
そして、弑逆の知らせに衝撃を受けた台輔泰麒は、忽然と姿を消した!
虚海のなかに孤立し、冬には極寒の地となる戴はいま、王と麒麟を失くし、災厄と妖魔が蹂躙する処。
人は身も心も凍てついていく。
もはや、自らを救うことも叶わぬ国と民―。
将軍李斎は景王陽子に会うため、天を翔る!
待望のシリーズ、満を持して登場。

黄昏の岸 暁の天(そら)〈上〉―十二国記

----------------------------------------------------------------

泰王登極から半年、反乱鎮圧に赴いた王は行方不明となり、泰麒は弑逆の知らせに衝撃をうけ、鳴蝕を起して忽然と姿を消した。
泰王と泰麒が行方をくらましてから十年。
戴国は荒れに荒れて、妖魔が闊歩する土地になってしまった。

王と麒麟のいない戴国は荒れていき、妖魔が跋扈するようになる。
そんな母国を救うべく、李斎は隣国・慶国に助けを求める。
将軍李斎は景王陽子に助けを求め、命からがら戴を脱出した李斎を見て、慶国の若き女王は何とかして協力できないかと模索する。

何しろこの作品は『魔性の子』とリンクしてるし!
いったい小野主上はどこまで先を見越して書いたのか
っていうくらいこのリンクはすごい!!




―覿面の罪

軍兵を率いて他国へ入るのは覿面(てきめん)の罪という。
王も麒麟も数日のうちに斃れる大罪だという。
たとえ侵略でなく、討伐でなく、民の保護のためであろうと、
軍兵を他国へ向かわせてはならない。
それは天帝が決めた摂理。


最果ての国、戴極国で王と麒麟が行方不明となった。
王の驍宗は登極してまだ間もない。戴国の麒麟、泰麒はまだ幼い。
逆賊が立ち、その最中王も麒麟も命を落としたと至る所であらぬ噂が出回った。

そんな中、王直属の禁軍将軍李斎は慶国王陽子の所へ
助力を申し出に来た。
陽子は傷だらけの李斎を見て放ってはおけぬと胸を痛める。
けれど、他国である戴国へ慶国から軍兵を向けるは覿面の罪。

天とはなんだ。天帝とは。
顔を見たことも、声を聞いたこともない神たる存在。
仁道をもって国を治めよと命じられたが、ここで戴国を見捨てることは
果たして仁道と言えるのだろうか。

行方不明となった驍宗、そして蓬莱へ戻ってしまったという泰麒。
戴国をめぐり、慶、雁の国が動き出す。



世界の均衡のために天帝が存在する。
この十二の国ではそれが道理であり、摂理である。
誰もが疑わず従う。
是非を言っても仕方のないことだからという見方もあるが、
そこに確かにある均衡がなによりの証だ。
何かを守る為には何かを犠牲にしなければならない。
いつか雁国王の尚隆は言った。
その犠牲が少ないほど賢帝と呼ばれるのだ、と。
陽子は自分の国、慶国を守る為に、戴国を救うことができない。
それが道理の犠牲なのだろうか。
けれど、そもそも犠牲にしてよい命などあるのだろうか。

下巻で陽子、尚隆がどういった決断を下すのかが楽しみです。




黄昏の岸 暁の天(そら)〈上〉―十二国記



posted by クロルデン at 17:45 | TrackBack(0) | 小野不由美主上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月08日

図南の翼 ―十二国記 小野 不由美

十二国記
これも一気に読んでしまいました十二国記シリーズ。

十二国記シリーズの供王【珠晶】が
蓬山に昇山し、様々な苦難を乗り越えて。。。
王になるまでの話です。。。

今回の主人公は12歳(くらいだよね、確か)の女の子。
でも、だからってキレイ事だけでは終わらないのね、やっぱり。
人間臭さというか、世の中の現実というか、そういうものが随所に現れていて・・・。
子供だろうが何だろうが容赦しないよ、って感じです。

ちょっと理屈っぽいけど理にかなったことを言う12歳。
供麒に初めて会ったときに平手を食らわせたつわもの。


でも、だからこそ響くものがあるんだろうな、と思います。
もちろんキレイ事は大切だと思うし、理想として掲げているのは悪いことじゃない。
だけど、そればっかりではどうにもならない時もある。
色んなことをいっぱい考えて、最終的に出た答えが正義に反しても、キレイ事じゃなくても、それが正となる時もある。
難しいけれど、それがオトナの世界でもあり、現実でもあり、生きるってことでもあるんですね。

人としてどう生きる、何を信じる、王とは何か、国とは何か。
他人に求めるのは何か、何ができるのか、そして、この世とはどうあるべきなのか。

さまざまなものを見つめていく様々な登場人物達。そして明確な答えを用意するというよりは、各人物の生き様、そして思慮を通して、読者にそれを考えさせる、奥深い一品。

背は泰山のごとく、翼は垂天の雲のごとし。
羽ばたいて旋風を起こし。弧を描いて飛翔する。
雲気を絶ち、青天を負い、そして後に南を図る。南の海をめざして。
(図南の翼)
その鳥の名を、鵬という。
大事業を企てることを図南の翼を張ると言い、ゆえに言うのだ。王を含む昇山の旅を、鵬翼に乗る、と。


「ひもじい、怖い、辛いなんて、愚痴を言って人を妬む暇があれば、自分が周囲の人を引き連れて昇山すればいいじゃない。昇山して初めて、愚痴をいっても許されるんだと思うのよ。それもしないで、嘆くばっかり―って、よく考えたら自分のことなのよね。」
「どうして誰も王になろうとしないんだ、王は現われないんだ、って怒っておいて、自分が王になんてなれるはずがない、そもそも縫山なんていけるはずがない。これってぜんぜん同じじゃない。だから、まず、自分が行こうと思ったの。」
『目の前にいる困った人を見捨てる事がひどいことなんだったら、目の前にいる人が将来困ることを承知で何かをねだるのも、同じくらいひどいということになりはしない?』
『珠晶が剛氏について考えるのは、とてもいいことだと思うけどね―自分の得たい答えを探すために考えるのじゃ、意味がない』
『助けにいかないと、と思うのに、家のどこのかしこも格子に覆われていて、外に出ることができないのだ。―口汚く格子を罵りながら、珠晶は助けにいけない自分に安堵していもいる。出られないから、襲われた父親なんて見ずにすむ・・・・・・。』
「外でどんどん人が死んでいって、可哀想に思っても、可哀想にって言う権利が私にはないのよ。そういう時は、こう言わないといけないの。どうして杖身ぐらい雇っておかなかったの?」
色々と考えさせられる作品でした。




図南の翼―十二国記



posted by クロルデン at 19:14 | TrackBack(0) | 小野不由美主上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月07日

風の万里 黎明の空(下)― 十二国記 小野 不由美

十二国記
玉座についたものの、朝廷を官吏に牛耳られ、王として何もできない己に苦悩する陽子。圧政をしいた父・峯王を殺され、公主の地位を剥奪された祥瓊。才国の仙のもとで苦行を強いられていた、海客・鈴。三者が官吏の暴虐に苦しむ慶国和州で出会いその反乱を通じて友情を築くまでの物語。傑作。

本当に小野主上は登場人物の成長を描くのが上手い
本書を読んで気づいたことがある
少年漫画も大概は主人公の成長を描くものだ
たとえばDBなど悟空たちが修行をしてどんどん強くなってゆく
これは間違いなく成長だが単に力が強くなっただけとは言えまいか?
悟空たちの性格は少年時からあまり変わっていない
つまり力は強くなったが精神的に成長していないとも取れる

やはり成長とは精神的に成熟することを指すのだと私は思う
その精神的な成長を描いた作品の少ないこと

そんな中で本書は卓越して上手く精神的成長を描いている
陽子、スズ、祥瓊の成長の描写は分かりやすく、しかし自然だ
このような精神的成長を上手く描いた作品は私は知らない

また本作の悪役である慶国和州止水郷郷長・昇紘もただの悪役ではない
天に支配される世界に疑問を抱き、自分はあえて悪いことを犯し
天意の存在を確かめようとする
天に戦いを挑んでいるのだ
この気持ちは分からないでもない

小野さんのキャラには完全な悪役はいない
いても悪役なりに意図があるのだ
「正義の反対は悪ではない、別の正義だ」ではないが
小野さんのキャラ設定にもすごく好感を抱ける

そんな3人が数奇な運命の下に巡り会います。
最後まで目が離せない展開。
戦場面続きですが、陽子の陰なる活躍が面白い。

ただ蘭玉が殺されたのがすごくショックだった
でもこういうシビアなところも本作の魅力かも

楽俊:「公主の祥瓊より、おいらの方が芳に詳しい。それって襤褸を着るより恥ずかしいって分かってるか?与えられたものは、実はその値打ちぶんのことをあんたに要求してるもんだ。」

虎嘯:「辛いことなんてのは、忘れてしまえば終いだ。生きてりゃそんなこと、際限なくある。いちいち気に病んでも始まらんだろう。そのかわり、いいこともあるな。悪いことは忘れる、いいことは喜ぶ、そうやって生きてくしかねえんじゃないか?」

鈴:「 人間って、不幸の競争をしてしまうわね 。自分がいちばん可哀想だって思うのは、自分がいちばん幸せだって思うことと同じくらい気持ちいいことなのかもしれない。自分を哀れんで、他人を怨んで、本当に一番やらなきゃいけないことから逃げてしまう。それは違うって諭されると、腹が立ってしまうのよね。こんなに不幸な私を、さらに責めるのか、って怨んでしまう。」

祥瓊:「生きることは、嬉しいこと半分、辛いこと半分なんだって。なのに、辛いことばっかり見てしまうわね。そうしてだんだん、嬉しいことを認めたくなくなるの。」

桓魋:「ただの獣なら喋るかい。半獣だと言ったろうが。」
(このギャップが好き!)


国を治めるとは、どのような事か。
悩み抜いた答、慶をどこへ導くのかが、初勅に込められています。

「他者に頭を下げさせて、それで己の地位を確認しなければ安心できない者のことなど、私は知らない。それよりも、人に頭を下げるたび壊れていく者のほうが問題だと私は思う。人はね景麒、真実相手に感謝し、心から尊敬の念を感じたときには、自然に頭が下がるものだ。他者に対しては、礼をもって接する。そんなことは当たり前のことだし、するもしないも本人の品性の問題で、それ以上のことではないだろうと言っているんだ」




風の万里 黎明の空(下) 十二国記

posted by クロルデン at 15:39 | TrackBack(0) | 小野不由美主上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月06日

風の万里 黎明の空〈上〉十二国記 小野 不由美

十二国記
十二国記の4作目。1作目で景王になった陽子の続きの話。この話も前作のように場面があちこち切り替わる。それも3カ所。最北の芳、南の才、そして東の慶。

公主から落ちぶれた祥けい、海客から仙になった鈴、そして王宮から里家に降りた景王陽子。3人とも極端な運命に悩む見かけは16才の少女。周囲の何人もの人々が死んで、引き合うようにして慶にやってくる。

景王になったものの官吏の言いなりにならざるをえない陽子。
反逆により国王の父を失った元公主の祥瓊。
仙女のいじめに絶える毎日を過ごす鈴。
陽子は世界を知るために市井にくだり、祥瓊と鈴は同年代の少女が玉座についたことを知り、自分勝手な理由で景王を憎み慶国を目指す。
陽子は自分の目指すことを見つけ、祥瓊と鈴は旅の途中で自分を見つめなおす機会を得た。
そして三人はそれぞれの想いの下、動乱渦巻く慶国で出会うのだった。

人が陥りやすい過ちや、その心の弱さを、鋭い視線で批判しつつも、「ではどういうふうに生きていけばいいのか」という問いに答えを提示してくれている作品だと思います。
いろいろな読み方ができる作品だと思いますが、作中で「人が幸せであるのは、その人が恵まれているからではなく、ただその人の心のありようが幸せなのです」とある登場人物が言うんですが、まさにそれが全てではないかと思わせるような作品。

境遇が違っても、人である限り辛いことは多く、自分だけが不幸の病に陥りやすい、ということ。そこから抜け出して行動する強さを持てるかどうか、ということかな。


心理表現や情景描写はさすが!
特に人間の負の面や葛藤、そしてそれを諭す部分が。


「本当に苦しかったらさ、
人間ってのはそこから抜け出すために必死になるんだ
よ。
それをする気になれないってことはさ、
ねえちゃん、実は抜け出したいと思うほど苦しくなかったんだよ。」


「誰かが誰かより辛いなんて、うそだ。
誰だって同じくらい辛いんだ。
生きることが辛くないやつがいたら
お目にかかってみたいよ、おれは。」


自分ばかりなぜこんな不幸に、
なぜ私ばかり…と言い放った鈴が、
親も住む場所もなくした子に言われたセリフ。
彼も帰る場所はない…不幸なのは鈴と同じ。
でも鈴は自分を哀れむことしかしない、
でもそれじゃ逃げているだけなんだ、
立ち向かわなきゃ、と。

私自身弱い人間だから、なんだか鈴と重なって、
私も鈴を通してそう言われたような気がした。

風の万里 黎明の空〈上〉十二国記

posted by クロルデン at 15:03 | TrackBack(0) | 小野不由美主上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月05日

東の海神 西の滄海 十二国記 小野 不由美

十二国記
十二国記シリーズ。

雁州国・延王(えんしゅうこく・えんおう)
尚隆(しょうりゅう)の(500年くらい昔の)内乱の話。

雁国の国王「延王 尚隆」と麒麟「延麒 六太」の物語。

五百年続く雁王朝の始まりが描かれています。
前二作は最初がちょっと暗い話だったが、これは最初から痛快!
主人公も格好良いし、テンポも良い!!

ともに蓬莱に生まれた王と麒麟が巡り会い、雁国を復興させていく。
飄々とした二人のやりとりが絶品。いい味出してます。

アツイ心を持つ愛すべきおバカキャラ延王と、
文句言いつつ離れられない麒麟の延麒。
職務をさぼってばかりの延王も、攫われた延麒を前に飄々としながらも、
ちゃんと民を思い、国を興すために奮闘します。
それは、昔自分が背負うはずだった国を守りきれなかったから。
国と民を渡された王の気持ちが、
三作目にして少しずつわかってきます。

最初は延麒も理解を示していた
斡由の本性がだんだんと、
だんだんとわかっていく描写が
めちゃめちゃリアル。
「正義を語るものが正義のものであるとは限らない」
自分の非を認められないものの末期は切ない。

更夜と六太のエピソードもとてもよい。

一番の気に入りのシーンは、
「五十歩百歩ってしってるか?」
「同じように見えても確実に五十歩の差があるって意味だろう?」
ってところですかね、やっぱりw
おちゃらけた延王、延麒を支える帷瑞、朱衡、成笙の苦悩する姿も必見

『許すと言え。』

東の海神 西の滄海 十二国記




posted by クロルデン at 04:16 | TrackBack(0) | 小野不由美主上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月04日

風の海 迷宮の岸(下) 十二国記 小野 不由美

十二国記
十二国記シリーズ第2弾の下巻です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
蓬山ですこやかに育つはずだった麒麟。
実が孵る前に蝕が起きた。
金の実は流され、蓬山に悲しみの時が訪れる。

蝕から10年。探しあてた実は、蓬莱の世界で人として生まれ育っていた。
戴麒は連れ戻され、蓬莱で抱えていた違和感を幼いながら消化していく。
麒麟としての能力を持たないまま王を選ばなければならなくなってしまう戴麒。
誰も使令にしたことがない強力な妖と対峙した時、黒麒の驚くべき力が露わに・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

下巻の圧倒的面白さ。
そしてそれが、上巻の面白さを礎にしていること。
ここに、小野主上の力量が顕著に現れているとおもう。

十二国シリーズ二作目。
上巻ではただただ泰麒の愛らしさにうっとりし、下巻では、幼い彼の深い苦悩、誠実さ、愛情に心奪われる。
世界観と物語に読者を心酔させる手腕に、気持ちよく転がされました。

天啓に従い王を選んで仕える神獣・麒麟。
異国に流され人間として育った泰麒は、獣形へ転変する術を知らず、王を選ぶ自信もない。
だが、やがて王を選ばなくてはならない日が近付いてくる…


十二国のことを何も知らず、転変も折伏もできない自分の情けなさに溜め息をつきながらも、自分の弱さとまっすぐに向きあう泰麒がいい。
「尽くしてくれる人の思いに応えられなくて申し訳ない」っていう考え方は卑屈なのかもしれんけど、すごくよく分かるなぁ。。

驍宗と出会ってから、泰麒は急成長します。
傲濫を折伏するシーンは本当に手に汗握って読みました。
黒麒に転変できたときには感動で胸がいっぱい。

泰麒が覇気を見せるシーン(折伏と契約のとこ)は何度読んでも感動です。
守るものがあるなら、こんなに強くなれるんだな、と。
できたじゃん、泰麒!出来損ないじゃないじゃん!みたいな。
麒麟の王への思いの強さってほんとに凄い。

月の夜に燐光を放って駆ける麒麟、っていう画がすごく綺麗でした☆

・・・そして泰麒はついに、罪を犯す。


やっぱり、面白い本は癒しだなあ。
これだから読書はやめられません。

『・・・・・王には・・・・・天啓がなかったのです。』p171より


風の海 迷宮の岸(下) 十二国記




posted by クロルデン at 06:35 | TrackBack(0) | 小野不由美主上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

風の海 迷宮の岸〈上〉 十二国記 小野 不由美

十二国記
十二国記シリーズ第2弾
今回は戴国がメインのストーリー

珍しい黒麒麟に生まれながらも蓬莱に流されて10年を過ごした泰麒 
その力の使い方 転変のし方 そして王の選び方
どれもこれもわからないことだらけ
周りが優しくすればするほど 不甲斐ない自分に腹が立って 悔しくて
そんな風に純粋に泣ける泰麒が少し羨ましかったり

泰王を選んだときにも 迷いや葛藤があったけれど
彼はそうやって大きくなっていくに違いない

“蝕”によって蓬莱へと流され、10年間人として育った泰麒。
戴国の王を選ぶべく蓬山に連れ戻さたものの、蓬莱暮らしが長かった彼には分からないことだらけ。
そんな泰麒が己の使命を果たすまでの苦悩、葛藤が書かれている。

十二国の世界で重要な「麒麟」という神獣の謎が泰麒の成長に伴って明らかになる。


【内容】
 十二国の中心・黄海で繰り広げられる幼い黒麒麟の物語。麒麟とはどんな生き物なのか。そして、10年の歳月を経て帰還した泰麒(タイキ)の葛藤と複雑な心情描写に引き込まれる。
 「月の影 影の海(上)(下)」に引き続き、十二国の世界の仕組みについて、特に選定の流れについて触れている。

【キーワード】
 蝕、10年、転変、天啓、夏至

【印象に残った文章】
『景台輔はけっして間違ったことを申されたわけではありますまい。―なれど、正しい方法が必ずしも最良の方法ではないことを、学ばれる必要があらっしゃる』(white heart, p142)

『―少しでも自分のことを思い出してくれているだろうか。忘れられていれば悲しい。忘れずにいて、いなくなったことを喜ばれていれば、なお悲しい。いなくなったことを悲しんでいてくれれば、いっそう悲しかった』(white heart, p154)



風の海 迷宮の岸〈上〉 十二国記 



posted by クロルデン at 01:00 | TrackBack(0) | 小野不由美主上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月02日

月の影 影の海〈下〉十二国記 小野 不由美

十二国記
上巻では、突然放り込まれた異世界で
孤独に戦い続け、酷い目に遭ってばかりだった主人公の陽子。

しかし、ようやく信頼できる友人が現れる。
そして、明らかになる謎。
主人公に待ち受けていた運命とは。


と言うわけで、下巻です。
主人公を危機から救い、さらに手を差し伸べる存在が現れます。
読んでいる身としても、これで少し安心できるというものです(笑

主人公は、別の国へ旅立つことになります。
危機を救ってくれたその友人と共に。

下巻の後半からは、かなりの急展開。
それまでかかっていた霧が一気に晴れるようなイメージです。

作者はこの世界をどうやって頭の中で描いたんでしょうか。
架空でありながら現実的な部分を含む異世界ですが、
良く出来ていると思います。


普通の高校生だった陽子が、ある日突然金色の髪を持つ不思議な人物にひざまずかれる。
「誓約します」「許す」この言葉をもって、彼女は異次元の空間へ入り込む。

中国と日本の間にある異界には十二の国が存在し、天帝の定めた十二の王と麒麟がいる。

胎果である陽子はここから苦難の道を辿る。
周囲は敵ばかり、頼るのは剣と冗祐と蒼い珠のみ。
ろくに食事もとれず、雨が降っていても野宿するしかない。

修行のような日々を経て彼女はいつしか悟る。
人間は独りだと。

強くなっていく彼女の成長物語は、ジュニア小説を越え、「ゲド戦記」や「指輪物語」に劣らない日本のファンタジー大作となった。

「悪霊」シリーズなどまた十二国記とリンクしている「魔性の子」等を書いている、小野不由美主上の作品


「月の影 影の海(上)(下)」

主人公が異界へと連れ去られ?
とんでも無い試練の旅路を主人公に強いる、最後には王だから即位してしまう・・・非常に面白い内容です。


「風の海 迷宮の岸(上)(下)」

戴国、泰王と泰麒のお話

「東の海神 西の滄海」

雁国、延王と延麒の即位してから数年のお話

「風の万里 黎明の空(上)(下)」

王となった陽子が先王時代からいる官吏達との摩擦など、陽子が王宮を出奔して悩むお話

最後の景麒に乗った景王陽子が、禁軍に啖呵を切る所が、もう凄く惚れ惚れ!

「図南の翼」

恭国、僅か12歳騎獣好き珠晶が昇山し、供麒と出会うまでのお話

「黄昏の岸 暁の天(上)(下)」

赤楽三年、金波宮に戴国官吏が訪れたのが始まりで、泰麒を捜すお話

「華朶の幽夢」

冬栄:泰麒捜索時に世話になった漣国廉麟の所に、まだ小さな
   泰麒が訪ねるお話

乗月:芳国、先王仲韃(祥瓊のお父様)を討った月渓の悔いの思い、
   そこに景王の使者として桓魋が訪れる。

書簡:景王陽子が雁国にいる半獣楽俊との文通
   (拓峰事件の少し前のお話)

華朶:才国、采王砥尚の時代、采麟の過去
   (陽子が即位した時の采王は砥尚の叔母さん、つまり采麟は
   景麒と同じく二王に仕えた)

帰山:柳国王都芝草で、身分を隠した利広とこれまた身分を偽った
   (と言うより、放浪時の名前)風漢の『傾く国』について語るお話。


以上の様な私の主観ですが・・・
ネタバレになってるようなぁ(笑)
でも凄く面白いです!

っつか早く続きが読みたい!!!
小野主上早く書いてください!!



月の影 影の海〈下〉 十二国記



posted by クロルデン at 07:12 | TrackBack(0) | 小野不由美主上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月01日

月の影 影の海〈上〉十二国記 小野 不由美

十二国記
十二国記シリーズで一番最初に出されたものです

異世界のファンタジーを描いた十二国記シリーズの第一作目です。普通の高校生がある日突然異世界に放り出されて冒険を始める、というのはよくありそうな話ですが、これは結構シビアです。山野をさすらって獣と戦い続けたり、信じて裏切られることの連続だったり、自分の内面と戦わなくてはならなかったり。途中は救いがなさすぎるように見えて、読むのがつらくなります。でもそれでも読み続けるのは、十二国の謎を知りたいから、そして文章がうまいからです。

「十二国記」という壮大な世界観の導入部として
最高の傑作だと思っています。

ここまで壮大な異世界譚を読むのは久しぶり。小野不由美さんの物語づくりの大胆緻密さに驚愕です。
舞台はおそらく古代中国神話がベースなんでしょうが、第一作の主人公、陽子と一緒になって小説世界の摩訶不思議に馴らされるあたりがとても移入しやすいといえます。
ファンタジーの醍醐味で生命線でもある舞台設定が魅力的なだけでなく、人心の機微を物語の中心にしっかり据えていることで大長編という分量に耐えうる通読感があります。

上巻では主人公のあまりのわからずやぶりに辟易しますが、それも下巻の伏線かと思えば納得納得。
それにしても下巻での展開には少なからずしてやられました。
まぁ、先は長いしね。


また、それとは別に「人間がどうあるべきか」ということを
身につまされて教えられます。

話のつくりはいたって健全なファンタジーものである。平凡な日常から異世界につれて行かれて…という王道を踏まえながら、そこは然るもの小野主上のテイストによって飽きのこない仕上がりになっている。主人公の陽子をはじめ、楽俊や景麒といった個性的な登場人物たちも魅力の一つ。
この「月の影 影の海」から順に読んでいっても面白いがオススメとしては番外編である「魔性の子」(新潮文庫)を読んでから本編の作品群を読むと良いかもしれない。イメージは”光輝燦然”。

「−人は愚かだ。苦しければ、なお、愚かになる。」

月の影 影の海〈上〉 十二国記 


posted by クロルデン at 10:22 | TrackBack(0) | 小野不由美主上 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
人気ブログランキングへ人気ブログランキングへ人気ブログランキングへ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。