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2009年03月30日

犬のしっぽを撫でながら 小川 洋子

いつも小説を読んでいましたが、今回は珍しいエッセイ集。
エッセイ集も独特の文体で言葉を紡いでいます。
興味のない野球のエッセイは読んでいませんが、著者の生活臭溢れる話はとても興味深く読みました。
とても上品で、でも臆病者で、空想するのが大好きで、少し棘もある、こういう著者が私を満足させてくれます。
「博士の愛した数式」、「貴婦人Aの蘇生」、「沈黙博物館」、「ブラフマンの埋葬」などなど、小川さんの作品は、どれもひんやりとした静謐な空気が流れていて大好きですが、このエッセイ集にも全く同じ空気が流れていて、「ああ、あの小川さんが書いているんだな」と思いながら読みました。
数学や数学者に対する畏敬の念、作品が生まれる過程のこと、アンネ・フランクゆかりの地を取材した時の思い、愛する阪神のこと、飼い犬ラブのこと、どのエッセイも小川さんらしい、丁寧な言葉で綴られていて、エッセイ集なのにまるで短編集を読んでいるようでした。



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2009年03月29日

ブラフマンの埋葬 小川 洋子

小説は2つのタイプがある。

一つは冒頭で結末がわかっておりその結末までを最初から追っていくパターン。

もう一つは最後の最後まで結末がわからないパターン。

この「ブラフマンの埋葬」はタイトルからわかるようにブラフマンという生き物が死んでいくことが先にわかっている。

そのブラフマンの「死」までのストーリ―が小川洋子らしくそして結局このブラフマンという生き物が何の動物なのかを明かさず終わっていく。

個人の好みになってしまうが自分的には後者の最後まで結末がわからない方が好みである。

なぜなら先に結末が(特に死という結末)がわかってしまうとどうしてもその読者を悲しい気持ちにさせようという作者の思いが入り込んでしまう気がしてならないからだ。

まぁその方が「死」というテーマの場合「生」が浮き彫りにされるのだが・・・



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2009年03月10日

博士の愛した数式 小川 洋子

■あらすじ■
[ぼくの記憶は80分しかもたない]博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた────記憶力を失った博士にとって、私は常に゛新しい”家政婦。博士は゛初対面”の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。
数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。第1回本屋大賞受賞。

あたたかくて
優しくて
とても悲しくい

「ぼくの記憶は80分しかもたない」
そう博士は言った


完全数,友愛数, 過剰数,
不足数,素数,双子素数
1だけ大きい過剰数はまだ発見されてないのだよ
i=∞
愛は無限だ

あぁなんて素敵な言葉だろうか
数は不思議であり且つ面白い

本もお勧めしますが映画の方がより感動します


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2009年02月10日

貴婦人Aの蘇生 小川 洋子

主人公の叔母である老婦人は未亡人となった。
動物の剥製が大好きだった夫に先立たれた彼女、実は
ロシア最後の皇帝ニコライ2世の四女、
アナスタシア.....?


自分をアナスタシアだと言う叔母。
それを信じる1人の剥製収集家。
主人公はたわいのない冗談だと思っている。

けれど
未亡人となり、一度は生きる希望を無くた叔母が
アナスタシアとして注目されることで
新たな人生の生きがいを見つける。

アナスタシアかどうか、
主人公にとっての問題はそこではない。
彼女にとっての問題は
貴婦人(叔母)A(アナスタシア)の
生きる糧を支えること。



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2007年03月30日

完璧な病室 小川 洋子

完璧な病室
短篇集。

病気の弟の死に触れて、初めて弟をあいしていると気づく。
無駄なものがひとつもない真っ白な病室で、弟は透明になっていく…。食べることを拒むようになった身体を、清らかになっていく透明になっていくととらえる、摂食のグロテスクさのとらえ方がするどいと感じました。(表題作)
「揚羽蝶が壊れる時」でもこのテーマがあって。全体を通して、生に性に静につくしていると思いました。

一番印象に残ったのは最後の「ダイヴィング・プール」。小川さんのこころの捕らえ方は、独特で鋭くて真理だ、と感じずにいられません。

彼の優しさの一番奥にある泉の水に身体を浸してみたい

惹かれていることを自覚しながらも、わからないままにごまかしている感情のゆれが絶妙。

それにしても、小川さんの描く女性はみんな大人っぽく、扇情的で欲望的なのに純粋。




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2007年03月29日

ミーナの行進 小川 洋子, 寺田 順三

ミーナの行進
「博士の愛した数式」があまりに素晴らしかったものだから、小川洋子の新刊を手に取ると、期待よりも不安が先によぎってしまう。いくら才能ある作家だって、あんな傑作を立て続けに書けるものではないだろう、という、読んでがっくり来ないための予防線が自然と張られてしまうのだ。そんな懸念のもと、読み始めた「ミーナの行進」は、ほんの少しでも彼女の才能を疑った自分自身が恥ずかしくなるほどの傑作だった。
1972年、芦屋にある伯母のお屋敷に預けられることになった12歳の朋子と、伯母の娘である11歳のミーナとの、心の触れ合いを描いたこの小説は、小川自身の少女時代の体験と微妙に重ね合わすことで、メルヘンチックな内容でありながらも、実にリアリティを持って、読者を包み込んでいく。
できるだけ予備知識なく読んでもらいたいので詳細は避けるが、ここに出てくる数々のアイテムは、作者の年齢に近ければ近いほど、その記憶の琴線を心地よく揺さぶられることだろう。そして、年齢も性別も超えて、子供時代を経験したことのある人なら、誰しもがノスタルジックな気持ちを呼び起こされるに違いない。
しかしこの小説は、単に感傷的な動機による回顧小説ではない。小川洋子は、愛でるように、優しく丁寧に、誰もが通り過ぎた懐かしい記憶と風景を紡ぐことで、それが現在の私達へと繋がる思い出として脈々と行き続けている風景であることに気付かせてくれる。
胸の奥底に秘めていた、あの懐かしい喪失の季節を、二度と戻ってこない大切な思い出を、この小説は決して後ろ向きな気持ちとしてではなく、それぞれの読者の心のうちにひとつずつ、優しくそっと解き放ってくれる。



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海 小川 洋子

海 小川 洋子
 『ブラフマンの埋葬』『博士の愛した数式』『ミーナの行進』と、名作と呼んでいい作品群を立て続けに発表してきた作者の、昨年刊行された短編集。淡く端麗な持ち味はここでも不変だが、向き不向きでいうと最近は、中長編の方がこの人は持ち味があるように思う。そうは言っても800字弱の掌編など、書こうと思ってもなかなか物せないだろうなあ。うまい。感心します。
 時に世界がムラカミワールドっぽく感じるときがあったのは、描かれた世界に不思議が存在していたから?前3作が自分にとって評価が高かったため、相対的に今作はやや軽量感を味わう結果とはなりました。



タグ:小川 洋子
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